[Day 117] 髀肉復生
四月 · すべて捨てた夜 | 約三分の読み

襄陽(じょうよう)の宴より、お戻り給いてより、四日目(よっかめ)の朝にてあった。
劉備(りゅうび)は、洗顔(せんがん)を、お致し給う為に、官衙(かんが)の後ろの井戸の傍(かたわ)らへと、お出(い)で給いたり。冷たき水ひと柄杓(ひしゃく)を、お顔に、お注(そそ)ぎ給いたり。お衣(ころも)の裾(すそ)が、お濡(ぬ)れ給いたり。彼は、お濡れ給いたる裾を、お正(ただ)し給う為に、片膝(かたひざ)を、お屈(くっ)し給いたり。内股(うちもも)の内側が、平素(へいそ)よりも、重く、お押(お)さえ給われたり。膝を、お伸(の)ばし給いたる後にても、その重さが、お易(やす)く、お去(さ)り給わざりき。
劉備は、腰を、お伸ばし給いたり。部屋へと、お戻り給いて、独り、ござる、壁の前にて、上着を、お脱(ぬ)ぎ給いたり。下袴(したばかま)の裾を、軽く、お巻き上げ給いて、右の内股の内側を、しずかに、お見下ろし給いたり。
肉が、しずかに、されど、明らかに、再び、お上(のぼ)り給いつつあったのである。
彼の内股の内側は、かつて、堅き筋肉が、お引き締(し)まり給いおりたる席にてあった。その席に、今日、少しく、柔(やわ)らかなる肉が、しずかに、お入り給いて、お座り給いおったのである。馬を、しばしば、お乗り給う人の内股にあらざりき。馬を、永く、お乗り給わざる人の内股にてあった。
新野(しんや)にて、七年。その間(あいだ)、彼は、的盧(てきろ)を、幾度(いくど)か、お乗り給いたれども、大いなる戦場(せんじょう)を、お走り通(とお)し給いたる事、ござらざりき。遠く、城の外の狩(か)りに、お出(い)で給いたる事は、ござりたれども、百里(ひゃくり)を、お越(こ)え給いて、お走り給いたる事、ござらざりき。その間に、しずかに、彼の内股の内側の肉が、お削(けづ)られ給いおりたる席を、再び、お充(み)たし置き給いつつあったのである。
劉備は、その肉を、永く、お見下ろし給いたり。その後、極めて、しずかに、お笑(わら)い給いたり。お笑いは、短かりき。短きお笑いの後、永く、お言葉なく、ござりたり。
その時、戸が、お開き給いたり。関羽(かんう)が、お入り給いたり。劉備の手には、手ぬぐいが、お握り給われおったのである。劉備は、自然(しぜん)と、下袴の裾を、再び、お降ろし給いたり。
「兄上(あにうえ)。洗顔は、お終(お)え給いたるか。」
関羽は、平素の関羽にてあった。劉備のお表情が、お異(こと)なり給いたる事を、お気付(きづ)き給いたるごとくにも、見え給い、お知り給わざるかのごとくにも、見え給うてあった。劉備は頭を、お首肯(しゅこう)し給いたり。その後、しずかに、お申し給いたり。
「雲長(うんちょう)。それがし、今朝、内股の内側にて、ひとつを、お見給いたり。」
「何(なに)に、ござり給うや。」
「肉が、再び、お上(のぼ)り給いおりたる、ござる。」
関羽は、暫(しば)し、お答え給わざりき。その後、しずかに、劉備のお顔を、お見つめ給いたり。長き髭(ひげ)の端が、軽く、お揺(ゆ)らぎ給いたり。関羽の眼の内側にて、極めて古き理解(りかい)が、頭を、お上(あ)げ給いたり。
「兄上。今朝、お涙(なみだ)が、お流れ給いたるか。」

劉備は、暫(しば)し、お答え給わざりき。その後、頭を、お首肯し給いたり。
「少しく。」
「少しく、と、お申し給うとも、その少しが、七年の間(あいだ)の最も重きひと滴(しずく)に、ござる。」
関羽は、劉備の向かい側の椅子に、お座り給いたり。両人は、永く、お言葉なく、お座り給いおりたのである。外側にては、雀(すずめ)二(ふた)つばかりが、軒(のき)の端にて、短く、お鳴き給いおったのである。
劉備が、まづ、お口を、お開き給いたり。お声が、平素よりも、少しく、低かりき。
「雲長。二十八のお年に、涿県(たくけん)の桑(くわ)の樹(き)の下にて、ひと文章を、お呑み込み給いたる時、それがし、内股の内側に、この肉が、再び、お上り給う日の、お訪(おとな)い給う事を、お知り給わざりき。四十七の今朝、その肉を、お見給いつつ、その二十八の男に、それがしが、何(なに)を、お返し申し上げらるべきや、を、再び、お問い置き給わねばならぬ、ござり申す。」
関羽は、両手を、膝の上に、お合(あ)わせ給いたり。何(なに)も、お申し給わざりき。お言葉のなきが、今朝、この部屋の内側の最も深き礼儀にてあった。
その午後、劉備は、後庭(こうてい)へと、お出で給いて、的盧の鞍(くら)を、永く、お手入(てい)れ給いたり。鞍の革(かわ)が、七年の間の日差しに、少しく、お固まり給いおりたのである。劉備は、油(あぶら)ひと握りを、手のひらに、お擦(こす)り給いて、鞍の隅々(すみずみ)を、ゆっくりと、お磨(みが)き降ろし給いたり。
張飛(ちょうひ)が、その光景を、庭の反対側より、お見給いたり。何(なに)も、お申し給わざりき。ただ、倉庫(そうこ)の内側へと、しずかに、お入り給いて、丈八蛇矛(じょうはちだぼう)の刃(やいば)に、永く、お積(つ)まり給いおりたる薄き錆(さび)を、布にて、ゆっくりと、お拭(ぬぐ)い払(はら)い給いたり。
関羽は、部屋の内側に、お遺(のこ)り給い、筆ひと管を、お握り給いて、紙の上に、四つの文字を、お記し給いたり。
髀肉復生(ひにくふくせい)。
その四つの文字を、劉備の机の上に、しずかに、お載(の)せ置き給いて、関羽は、青龍刀を、お握り給いつつ、後庭へと、お出で給いたり。午後の青龍刀の音が、この庭にて、永く、お響き給わざりおりたのである。今日の午後、その音が、長く、お響き給いたり。
その夜、劉備は、お眠(ねむ)り給う前に、机の上の四つの文字を、お見下ろし給いたり。
髀肉復生。
その四つの文字の上に、灯火(ともしび)が、永く、お被(おお)い給いたり。劉備は、紙を、お取り上(あ)げ給いて、四つの文字の傍(かたわ)らに、自(みづか)らの手にて、小さきひと行を、お記し添(そ)え給いたり。
歲月不待人——歳月(さいげつ)は、人を、お待ち給わざる、ござる。
そのひと行を、お記し給いて、紙を、お畳(たた)み給いたり。お畳み給いたる紙を、胸の内側の深き席に、お入り置き給いたり。明日の朝より、後庭を、お巡(めぐ)り給う歩みが、七年の間の歩みと、同じからざる事を、今宵の彼は、既(すで)に、お知り給いおったのである。
内股の内側に、再び、お上り給いたる肉のひと方(かた)が、今宵、彼の胸の内側にて、しずかに、再び、お削(けづ)られ給いつつあったのである。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
内股の内側に、再び、お上り給いたる肉の自(おの)ずからを、ある朝、しずかに、お見下ろし給いたる事が、ござりたるか。その肉は、安楽(あんらく)なりたるとの標識(ひょうしき)にあらず、お走り給わざりたるとの標識に、ござる。お走り給わざる事が、永くなり給わば、肉が、再び、お上り給う、ござる。肉が、再び、お上り給いたる事を、お見給いて、ひと滴(しずく)のお涙を、お流し給いたる後にて、はじめて、再び、お走り給うべき結が、自らの内側より、しずかに、お起こり給う、ござる。今朝、貴方の内股の内側にも、もしや、しずかに、再び、お上り給いおる歩みが、ござらぬか。その歩みを、お恥(は)じ給うべきお故(ゆえ)は、ござらず、ござる。ただ——今日より、極めて、ゆっくりと、その席を、再び、お踏み置き給うとも、宜(よろ)しからずや。
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