[Day 150] ひと方の百姓数万
五月 · 三度目の戸 | 約三分の読み

四日目(よっかめ)の午後、二万四千の行列が、当陽(とうよう)の丘の前に、お達(たっ)し給いたり。
当陽のその丘のお名が、長坂(ちょうはん)にてあった。長く、平らかなる丘との意味にてあった。お名と、異(こと)なり、丘のひと端(はし)より、反対の端まで、二十里(にじゅうり)と、為(な)り給いたり。二十里の面(めん)の全(すべ)てが、今日の午後には、二万四千の方々にて、お覆(おお)われ給いおったのである。南へと、路を、お従(したが)い、お降(くだ)り給う最中(さいちゅう)にてあったれども、行列の速さは、昨日よりも、ひと里、いっそう、お遅(おそ)かりき。
曹操(そうそう)の先鋒(せんぽう)騎馬隊(きばたい)の塵(ちり)が、いまや、行列の後ろにて、大きく、お上(のぼ)り立(た)ち給いたり。今日まで、南北の距離(きょり)が、速やかに、お縮(ちぢ)まり給いたり。曹操の騎馬隊は、五千騎、先鋒は、曹純(そうじゅん)。後ろにて、曹仁(そうじん)の二万の歩兵(ほへい)が、いっそう、お従(したが)い、お来(きた)り給いつつあったのである。二万四千の行列と、曹操の五千の騎馬との間(あいだ)の距離が、十里にてあった。
劉備(りゅうび)が、行列の前のほうにて、後ろを、お振り返り給いたり。北の地平線(ちへいせん)の上の塵が、いまや、点にあらず、ひと筋(すじ)にてあった。その塵の筋が、速やかに、南へと、お降り来(き)たり給いつつあったのである。
孔明(こうめい)が、劉備の傍(かたわ)らにて、しずかに、お申し給いたり。
「皇叔(こうしゅく)。今日の午後のご状況(じょうきょう)は、昨日までの構図と、異(こと)なる、ござる。五千の騎馬は、我らの後尾(こうび)を、ひと度(たび)にて、お呑(の)み込み給うを、お得(う)る、ござる。ただ——我らの後尾には、二万四千の百姓が、おわせ給う、ござる。皇叔のご結意には、二つの路が、ござる。」
「二つの路と、いかなる路に、ござり給うや。」
「第一に。百姓を、お捨て給いて、速やかに、南へと、お降り給う路。今夕の内に、江陵(こうりょう)のほうの安(やす)き席に、お達し給うを、お得(う)る、ござる。第二に。百姓と、共に、お留(とど)まり給いつつ、関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)の両方(りょうかた)の後ろお守りに、この午後を、お任(まか)せ給う路。両方の後ろお守りが、五千騎を、お阻止(そし)給うを、お得(う)給わば、二万四千の最初の歩みが、南へと、安らかに、お降り給うを、お得(う)る、ござる。」
劉備が、永(なが)く、お言葉なく、ござりたり。
最初の路は、速き路にてあった。二番目の路は、重き路にてあった。されど、劉備の内側のいずこかにて、昨日の午後の七十(しちじゅう)のお老人の、お背負(せお)い荷の重さが、既(すで)に、鞍(くら)の傍らに、お結(ゆ)い給われおったのである。その重さを、今日の午後に、お解き、お置き給う事は、彼のお生(い)の拍子と、お合(あ)い給わざりおったのである。
彼が、しずかに、お申し給いたり。
「**大事以人為本(たいじいじんいほん)。大いなる事は、人を、根本(こんぽん)と、お致し給う、ござる。このお子(幼なき 劉 と、その、お母上と、七十のお老人と、ご遺(のこ)り給うる二万四千、皆(みな))を、お捨(す)て給いて、速やかに、お降り給う路を——それがしは、お択(えら)び給わざる、ござる。**」
孔明が頭を、お垂れ給いたり。その、お垂れの内側に、今朝より、既に、お予感(よかん)給いおりたるお答えのご確認(かくにん)が、ござりたり。
「さやうに、ござる。二番目の路に、ござる。」
劉備が、馬頭(うまがしら)を、後ろのほうへと、お廻(まわ)し給いたり。

「雲長(うんちょう)。翼徳(よくとく)。」
両弟が、各(おのおの)のお席にて頭を、お上(あ)げ給いたり。劉備が、両弟に、ひと言ずつを、お降ろし給いたり。
「雲長。汝(なんじ)は、右の丘の南の自(おの)ずからにて、五千騎の右を、お防(ふせ)ぎ給え。青龍刀(せいりゅうとう)ひと結のお響(ひび)きにて、五千の右が、半拍子(はんびょうし)、遅(おく)れ給う、ござる。」
関羽が頭を、深く、お垂れ給いたり。「さやうに、ござる、兄上。」
「翼徳。汝は、左の丘の北の自ずからにて、五千騎の左を、お防ぎ給え。汝の八蛇矛(はちだぼう)の、お降(くだ)り給う結にて、五千の左を、半拍子、お遅らせ給う、ござる。そして——汝のお声が、お必要に、ござる。」
「お声が、ござり給うか。」
「**汝のお声にて、五千騎の前にて、汝のお名を、大きく、お叫(さけ)び給え。張翼徳(ちょうよくとく) を、大きく、お叫び給え。そのお名のお響きが、五千の真ん中の拍子を、いっそう、お乱(みだ)し給う、ござる。汝のお名の力を、今日の午後に、お用(もち)い給え。**」
張飛が、拳(こぶし)を、堅く、お握り給いたり。彼の両眼が、大きく、お光(ひか)り給いたり。
劉備は、二万四千を、孔明に、お任(まか)せ給いたり。孔明が、行列の前のほうにて、しずかに、ご指揮(しき)棒(ぼう)を、上り上げ給いたり。扇(おうぎ)が、今日の午後にては、ご指揮棒と、お成(な)り給いたり。孔明の扇が、お動き給うや、二万四千の方々が、南へと、ひと里、いっそう、お動き始め給いたり。
劉備ご自(みづか)らは、馬の上にて、右の手を、上り上げ給いたり。関羽と張飛とが、各(おのおの)、五百騎の騎兵を、お引き給いて、東と西の丘へと、お分(わ)かれ、お立ち給いたり。両人の千騎が、曹操の五千の騎馬隊を、お止(とど)め給うべし。
北の地平線の塵が、いまや、ご具体的(ぐたいてき)なる形(かたち)と、お成り給いおったのである。先鋒曹純(そうじゅん)の旗が、お見え給い、その後ろの鉄甲(てっこう)の煌(きら)めきが、お見え給いたり。千騎、対、五千騎。今日の午後の長坂の戦が、お始まり給いつつあったのである。
劉備が、遠き北を、再び、お見給いたり。その後、南の行列を、お振り返り給いたり。両方向の両お顔が、劉備の両頬(りょうほお)の上に、次第(しだい)に、お過り給いたり。北のお顔は、敵のお顔にてあり、南のお顔は、ご自(みづか)らの方々のお顔にてあった。
ひと方の百姓(ひゃくせい)数万。 ひと方の結が、二万四千の背(せな)の後ろを、お守り給う午後にてあった。ひと方が、二万四千を、お守り給う事が、千騎にて、五千騎を、お防ぎ給う事よりも、まづ、にてあった。千騎の刃(やいば)の終りが、その背の後ろの二万四千の最初の歩みの方向を、お守り給う為に——今日の午後にて、堅くなり給いつつあったのである。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
ひと方のお身(み)が、二万四千の背(せな)の後ろを、お守り給う午後が、お生(い)の真ん中に、お訪(おとな)い給う日が、ござる。その日のご結意は、速き路と、重き路との分(わか)かれ路の上のご結意に、ござる。重き路を、お択(えら)び給うご結意が、その方のお生に、最も永(なが)く、お記(しる)し給わるるご結意に、ござる。今日、貴方の傍(かたわ)らにも、速き路と、重き路との分かれ路の上の午後が、ござり給うか。
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