[Day 149] お押し、お流れ給う、お背負い荷
五月 · 三度目の戸 | 約三分の読み

川を、お渡(わた)り給いたる午後、二万四千の行列が、南の路の上を、ゆっくりと、お降(くだ)り給いつつあったのである。
行列の速さは、遅かりき。お老幼弱(ろうようじゃく)の組が、前に、中間の方々が、次に、ご壮丁(そうてい)の組が、後ろに、お立ち給いおったのである。全体(ぜんたい)の速さは、最も、お遅き、お老幼弱の速さに、お合(あ)わせ給われたり。今日の午後のひと里(ひとり)のご移動(いどう)が、平素(へいそ)の時のひと日(ひとひ)、ふた日のご移動にてあった。されど、誰人(たれびと)も、速さを、速く、お致し給うべしと、お申し給わざりおったのである。
路のひと角(かど)にて、ひとお老人の、お背負(せお)い荷が、後ろの方々の歩みに、軽く、お押(お)し、前へと、お進み給いたり。
お老人のお年(とし)は、七十(しちじゅう)を、お越(こ)え給うかに、お見え給うてあった。お背負い荷の大きさは、お老人のご身長(しんちょう)の半(なか)ばにてあった。お背負い荷の内側には、米ひと袋(ふくろ)、布団(ふとん)ひと枚、小さき木の位牌(いはい)ひとつが、お入り給いおったのである。木の位牌は、お老人の、お亡(な)くなり給いたる奥方(おくがた)のものにてあった。新野(しんや)にて、二十年(にじゅうねん)を、共に、お暮(く)らし給いたる奥方の位牌にてあった。
お老人が、独り、その、お背負い荷を、お背負(せお)い給う事は、今日の午後より、既(すで)に、幾度(いくど)か、お難(かた)かりき。歩みが、お遅くなり給う毎(ごと)に、後ろの方々の歩みが、お老人の背(せな)の後ろに、軽く、お触(ふ)れ給いたり。後ろの方々は、お老人を、お催促(さいそく)給わざりおりたのである。ただ——彼らの歩みのご慣性(かんせい)が、お老人の、お背負い荷を、前へと、お押し、お差し上(あ)げ給いおったのである。
午後の日が、西へと、既に、お傾(かたむ)き給いおる時刻(じこく)にてあった。劉備(りゅうび)が、路の傍(かたわ)らにて、お老人の、お背負い荷を、お見給いたり。彼は、馬より、お降り給いたり。お老人の前に、ひと歩み、お近付(ちかづ)き給いたり。
「ご老体(ろうたい)。それがしが、お背負い荷を、お受け給わん。」
お老人のお顔が、紅(くれない)に、お染(そ)まり給いたり。二万四千の前にて、お歩み給いつつ、ござる将が、七十のお老人の前に、お来(きた)り給いて、お背負い荷を、お受け給わんと、お申し給う場面は——お老人の七十のご記憶(きおく)のいずれの席にも、ござらざりおりたのである。
「皇叔(こうしゅく)。それがしの、お背負い荷は、それがしが、お背負(せお)い給う、ござる。それがしの、お背負い荷は、後ろの若き方々が、前へと、お押し、お差し上(あ)げ給いつつ、ござる。独りにて、お背負い給う、お背負い荷にあらず、二万四千が、共に、お背負い給う、お背負い荷に、ござる。」
劉備が、お笑(わら)い給いたり。お老人のひと言が、今日の午後の行列の真の様(さま)を、ひと度(たび)にて、お解き給いたり。二万四千の全(すべ)ての、お背負い荷が——各々(おのおの)の、お背負い荷のごとくに、お見え給いおりたれども——実は、後ろの方々のご慣性にて、お押し、お流れ給う二万四千共同(きょうどう)の、お背負い荷にてあった。

「ご老体。その位牌は——誰人(たれびと)の位牌に、ござり給うや。」
「それがしの、お内(うち)の方に、ござる。五年の前、お世(よ)を、お去り給い申せり。新野の西の丘に、お埋(う)め申し上げ給い申せり。」
劉備が頭を、お垂れ給いたり。
「ご老体。いつの日か、この路の終りにて、その丘へと、お戻り給うを、お得(う)給うべく——それがしが、お準備(じゅんび)給い申さん。今日、お去(さ)り給いたる新野は、再び、お戻り給うべきお席に、ござる。その、お戻り給うの結に、ご老体の、お内の方の位牌もまた、共に、ご故郷(こきょう)へと、お戻り給うを、お得(う)給うべく、お致し給い申さん。」
お老人の両眼が、紅(くれない)に、為(な)り給いたり。七十のお眼は、易(やす)く、紅に、為り給わざる、ござる。されど、今日の午後のお老人の両眼は、紅に、為り給いたり。紅に、為り給いたるそのお眼の内側にて、五年の前の、お内の方のお顔が——今日の午後の劉備のひと言にて——短く、お浮かび、お上り給いたり。
行列の後ろにて、関羽(かんう)が、馬を、お止め給いて、その光景を、お見給いおったのである。関羽は、お近付き給わざりおりたのである。ただ、頭を、お垂れ給いたり。その、お垂れが、七十のお老人に、礼を、上り上げ給いたると、同じお意(こころ)にてあった。
張飛(ちょうひ)は、行列のいっそう、後ろにて、遠き北の路を、お振り返り給いおったのである。曹操(そうそう)の先鋒(せんぽう)の騎馬隊(きばたい)の塵(ちり)が、遠き地平線(ちへいせん)の上へと、お上り来(き)たり給うが、お見え給いたり。張飛は、その塵を、関羽に、お手振(てぶ)りにて、お知らせ給いたり。関羽が頭を、お首肯(しゅこう)し給いたり。両弟が、各(おのおの)の席にて、しずかに、ご準備を、お始め給いたり。
劉備が、お老人の、お背負い荷を、右の手にて、お受け給いたり。お老人が、お抗(あらが)い給うを、お得ずして、お背負い荷を、お渡(わた)し給いたり。お背負い荷の重さは、お思いよりも、軽かりき。米ひと袋と、布団ひと枚と、位牌ひとつの重さの合(ご)が、馬の鞍(くら)の傍らに、お結(むす)び給いたる短き革(かわ)の紐(ひも)ひと自(おの)ずからに、十分に、お結(むす)ばれ給うを、お得(う)る重さにてあった。
ただ——お背負い荷の重さは、軽かりたれども、お背負い荷のお意は、軽からざりおりたのである。七十のお老人の五年のご記憶と、お内の方のお名ひとつが、お入り給いおる、お背負い荷にてあった。劉備が、その、お背負い荷を、馬の鞍の傍らに、お結び給いつつ、ご自(みづか)らのお名が、今日の午後より、二万四千の、お背負い荷の傍らに、ひとつずつ、お結ばれ、お行(ゆ)き給いつつ、ござる事を、お知り給いたり。
午後の日が、西へと、完全に、お傾(かたむ)き給いたり。行列が、今日の午後のひと里の路を、お終(お)え給いたり。ひと里が、短かりたれども、そのひと里の内側に、七十のお老人の、お背負い荷が、前へと、お押し、お流れ給い、劉備のお名が、二万四千の、お背負い荷へと、お結ばれ、お入り給い、曹操の先鋒の塵が、遠き北の地平線の上に、お上り立(た)ち給いたり。
三事(さんじ)のひと里にてあった。お押し、お流れ給う、お背負い荷と、お結ばれ、お行き給うお名と、お来(きた)り給う塵。三拍子(さんびょうし)が、今日の午後の行列の真の拍子にてあった。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
独りにて、お背負(せお)い給い難(がた)き、お背負い荷が、後ろの方々の歩みのご慣性(かんせい)にて、前へと、お押し、お流れ給う路のひと角(かど)が、貴方にも、ござり給いたるか。その、お背負い荷は、独りの、お背負い荷のごとくに、お見え給いたれども、実は、後ろの方々が、共に、お背負い給いつつ、ござる、お背負い荷に、ござる。今日の午後、貴方の、お背負い荷が、もしや、重き、ござれば、後ろの方々の歩みが、貴方の背(せな)の後ろに、軽く、お触(ふ)れ給う音を、いま、ひと度(たび)、お聞き給うとは、いかが(や)。お押し、お流れ給う、お背負い荷の軽さが、今日の午後、貴方のひと里の速さと、お成(な)り給うを、お得(う)る、ござる。
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