[Day 123] 北へと、お行き給う冬

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By 코리안투데이 글로벌

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[Day 123] 北へと、お行き給う冬

五月 · 三度目の戸 | 約三分の読み

삼국지 365 · Day 123 · Book 1「星が集まる」
삼국지 365 Day 123 헤더 일러스트
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袁譚(えんたん)が、曹操(そうそう)に、戸を、お開(ひら)き置き給いたる、その翌年(よくねん)、建安九年(けんあんくねん、西暦二〇四年)の冬が、お訪(おとな)い給いたり。

曹操の行列が、許都(きょと)を、お去り給いて、北のほうへと、お上(のぼ)り給いつつあったのである。伝令の旗が、最も前に、お立ち給いたり。その後ろに、許褚(きょちょ)の親衛隊(しんえいたい)の五百騎(ごひゃっき)、張遼(ちょうりょう)と徐晃(じょこう)の中軍、そして、曹操ご自(みづか)らの輿(こし)が、お従い給いたり。輿の傍(かたわ)らに、ひと匹の馬が、しずかに、お歩み給いおったのである。その馬の上に、郭嘉(かくか)が、お乗り給いおったのである。

郭嘉は、今日、三十七歳にてあった。お顔が、青白(あおじろ)かりき、右の手に、手袋(てぶくろ)を、お嵌(は)め給いおったのである。去年(きょねん)より、右の指先(ゆびさき)が、しばしば、冷(つめ)たかりき。行軍の風を、お防(ふせ)ぎ給う為に、荀彧(じゅんいく)が、厚き手袋を、別に、お選び給いて、お送り申したり。手袋は、厚く、お見え給いたれども、郭嘉の指には、依然(いぜん)として、軽かりき。

行列の最初の日の夕、白馬(はくば)の旧戦場の傍らにて、本陣が、お立ち給いたり。五年の前、関羽(かんう)が、顔良(がんりょう)を、お斬(き)り給いたる、その野原にてあった。

曹操は、馬より、お降り給いて、野原を、お見下ろし給いたり。野原には、雑草(ざっそう)が、生(しげ)りおったのである。五年の歳月(さいげつ)が、戦のお血(ち)を、土の内側へと、皆(みな)、お降ろし給いたる後にてあった。曹操が、しずかに、郭嘉を、お見給いたり。

「奉孝(ほうこう)。それがし、この野原にて、お折(お)れ給いたる席が、ござりたり。その席が、いまもまた、ひと度(たび)ずつ、内側にて、お響(ひび)き給う、ござる。」

郭嘉は、永く、お言葉なく、ござりたり。その後、しずかに、お答え給いたり。

「主公。お折れ給いたる席が、お響き給わざる将は、戦場にて、既(すで)に、お死(し)に給いたる将に、ござる。お響き給う席が、ござり給うとの事は、未(いま)だ、主公が、お生(い)き給いおられ給うとの意味(いみ)に、ござる。」

曹操が、短く、お笑(わら)い給いたり。そのお笑いの後(あと)に、咳(せき)が、お従い給いたり。郭嘉の咳にあらず、曹操の咳にてあった。五十のお年(とし)の曹操もまた、この冬には、胸の深きに、冷たき風が、お入り、お座り給いつつあったのである。

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行列が、北へと、いっそう、お上り給うほどに、鄴城(ぎょうじょう)の城壁が、遠き視界にて、ゆっくりと、お傾(かたむ)き給いつつあったのである。鄴城にて、袁尚(えんしょう)が、未(いま)だ、防御態勢(ぼうぎょたいせい)を、お整え給いつつあったのである。城楼(じょうろう)の上にて、袁尚の旗が、風に、お翻(ひるがえ)り給いたり。

曹操は、鄴城を、正面(しょうめん)に、お打ち給わざりおりたのである。郭嘉の計策(けいさく)の儘(まま)にてあった。

「主公。鄴城は、ひと度(たび)にて、お落(お)ち給うを、お得(う)ざる、ござる。まづ、鄴城のお手足を、お切(き)り置き給え。黎陽(れいよう)・邯鄲(かんたん)・お通(とお)り給う路の小さき城の五箇所を、まづ、次第(しだい)に、お閉(と)じ置き給え。お手足の、お切(き)れ給いたる城は、後(のち)に、お打ち給わざるとも、自(みづか)ら、お傾(かたむ)き給う、ござる。」

曹操が頭を、お首肯(しゅこう)し給いたり。五つの城が、次第に、お閉じ給われたる後、鄴城は、お孤立(こりつ)給いたるひと木(ひとき)の桐(きり)と、為(な)り給いたり。建安十年(二〇五)の夏まで、鄴城は、お耐(た)え給うべし。されど、曹操の視線は、既に、鄴城を、お過り給いて、その彼方(かなた)の幽州(ゆうしゅう)と、遼東(りょうとう)のほうの灰色の雲を、お見つめ給いおったのである。

夕に、本陣の幕屋にて、郭嘉が、曹操に、ひと張の鋪紙(しょし、お短き紙片)を、お渡し申したり。鋪紙の上には、十行(じゅうぎょう)の文が、お記し給われおったのである。

「主公。昨日(さくじつ)、それがしの、お記し置き給いたる鋪紙に、ござる。ひと日(ひとひ)に、ひと張ずつ、十張を、お集(つど)え置き給うを、欲す。」

「十張と、いかなる十張に、ござり給うや。」

「これより、ひと年(ひととせ)を、お見渡(みわた)し給いたる計策の十種に、ござる。それがし——今日のこの風の内側にて、自(みづか)らの呼吸が、短く、為(な)りつつ、ござる事を、お感じ給いつつ、ござる。ひと年の内に、それがしの身が、主公の傍(かたわ)らに、完全に、お留(とど)まり給うを、お得(う)ざる事も、ござり得(う)。そのひと年の計策を、予(あらかじ)め、十張に、お分(わ)かちて、お記し置き給わんと、欲す。」

曹操が、鋪紙を、お受け給うを、お得ざりおりたのである。永く、鋪紙を、お見つめ給うのみにてあった。手が、鋪紙の前にて、お躊躇(ためら)い給いたり。そのお躊躇いが、永く、お流れ給いたり。結局、ゆっくりと、鋪紙を、お受け給いたり。鋪紙の最も上の行に、「業城不撃」——鄴城を、直(じか)に、お打ち給うこと、無きように——四つの文字が、整いて、お記し給われおったのである。

「奉孝。最後のひと張は、何時(いつ)、お記し給うべきや。」

「最後のひと張は、主公の傍らに、それがしが——最も短く、お遺(のこ)り給う日に、お記し給うを、欲す。その日、それがしが、お記し給うを、お得ざらば、荀彧(じゅんいく)兄(あに)が、代わりに、お記し給う事と、為(な)り申さん。」

その夜、本陣の外側の北の空に、星が、多かりき。

曹操は、幕屋の入り口に、お立ち給いて、北の星ひとつを、永く、お見つめ給いたり。奇(く)しくも、大きく、堅き星にてあった。郭嘉もまた、その星を、お見給いおったのである。両人は、互(たが)いを、お見給わざるまま、同じ星を、共に、お見つめ給いおったのである。

曹操が、しずかに、お申し給いたり。

「あの星のお名は——今宵、何(なに)に、ござり給うか。」

郭嘉は、永く、お言葉なく、ござりたり。やがて、しずかに、お答え給いたり。

「あの星のお名は、今宵、未(いま)だ、ござらず、ござる。ただ——幾年(いくとせ)の後、南のひと男が、あの星のお名を、まづ、お呼び給う事と、為(な)り申さん。その男のお名は、主公に、それがしの、お遺(のこ)し給うべき十張の中(うち)の最後のひと張に、お記し給われ給いおる、ござる。」

曹操の視線が、郭嘉のほうへと、お向(むか)い給いたり。郭嘉は、最後まで、星のみを、お見給いおったのである。冬の北の風が、両人の幕屋の角(かど)を、お過り給いて、南へと、ゆっくりと、お流れ給いつつあったのである。

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✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)

ご自(みづか)らのお遺り給う日が、短き事を、まづ、お気付(きづ)き給いたる人が、その短さの内側にて、ひと日(ひとひ)に、ひと張ずつ、計策を、お分(わ)かちて、お記し置き給う習慣は、お去り給うの結意にあらず、お遺り給う人の拍子を、お生(い)かし給わんとし給う最後の呼吸に、ござる。今日、貴方の傍(かたわ)らにも、しずかに、お遺し置き給いたきものが、もしや、ござらぬか。十張にあらずとも、宜(よろ)しく、ござる。ひと張にても、そのひと張が、明日、誰人(たれびと)かの拍子を、ひと拍子(ひとびょうし)、お延(の)ばし給うべき席に、ござる。

📅 明日 Day 124:予言の若き謀士

「十張の鋪紙の中(うち)の二番目の張が、明けたる日の朝、曹操の机の上に、お上り給いたり。その鋪紙の上には、二年(にねん)の後の遼東(りょうとう)と、公孫康(こうそんこう)のお名が、既(すで)に、整いて、お記し給われおったのである。」 — 平訳家 延三欽博士

平訳 — 延三欽 平訳家 · Sam H. Yeon, Ph.D. · 延三欽博士

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