[Day 129] 単福とのお名
五月 · 三度目の戸 | 約三分の読み

建安十二年(けんあんじゅうにねん、西暦二〇七年)の冬の終(おわ)りに、新野(しんや)の小さき市場の前を、劉備(りゅうび)の的盧(てきろ)が、お過り給いつつあったのである。
市場は、小さかりき。十あまりの商人が、お暮(く)れ給いゆき給う日の光の下にて、店(たな)を、お整え給いつつあったのである。そのいずれかにて、ひと男が、木の杖(つえ)を、お突き給いて、お立ち給いつつ、低きお歌を、お唄(うた)い給いおったのである。歌の文(ふみ)が、奇(く)しく、ござりたり。
「天が、重く、ござれば、地が、お転(ころ)び給い、大いなる樹が、お傾(かたむ)き給わば、雀(すずめ)が、まづ、お飛び去り給う、ござる。男が、泥(どろ)に、お埋(う)もれ給いたれば、誰人(たれびと)が、その手を、お握(にぎ)り給うべきや……」
歌を、お唄い給いつつあったその男が、お通り給う劉備の馬の頭の前にて、文を、短く、お切(き)り給いたり。その後、頭を、お上り給いて、劉備を、お見給いたり。眼差(まなざ)しが、堅かりき。鬚(ひげ)は、未(いま)だ、お伸(の)ばし給わざりおりたのである。三十の初めばかりに、お見え給うてあった。
「お通(とお)り給う将軍におかせられては、丁度(ちょうど)、この男のお歌を、お切(き)り給いたり。」
男が、お申し給いたり。劉備は、馬より、お降り給いたり。
「お名を、お問い置き給うを、お得(う)給うか。」
「単福(たんぷく)と、申し申す。字(あざな)は、未(いま)だ、お隠(かく)し給いつつ、お回り給う、ござる。」
劉備は、低く、お笑(わら)い給いたり。お名と、字とを、共に、お出(い)で給わざる人は、ご自(みづか)らを、お隠し給いつつ、お回り給う人にてあった。ただ、その、お隠しは、今日、この市場にて、永(なが)く、お続(つづ)き給うべきお隠しに、あらざるごとくにてあった。眼差しが、あまりに、清かりたるが故にてあった。
「単先生。それがしのお名は、劉備(りゅうび)と、申し申す。字は、玄徳(げんとく)に、ござる。いま——新野(しんや)にて、小さき軍を、お持ち給いつつ、ござる。」
単福の眼が、清く、お光(ひか)り給いたり。お笑い給う事もなく、お驚(おどろ)き給う事もなき、ござりたり。その代わりに、歩みを、前へと、お移し給いて、劉備の馬の的盧の額に、手を、お当て給いたり。
「この額の白き房(ふさ)は、既(すで)に、お主を、お救(すく)い給いたるな。」
劉備が頭を、お首肯(しゅこう)し給いたり。この馬を、今日のひと日(ひとひ)のみにて、両人が、お見分(みわ)け給いたり。ひと人は、過(さ)りたる秋の水鏡先生、いま一人は、今日のこの単福とのお名の男にてあった。

「将軍。この馬の額の画(かく)は、いっそう、ひと度(たび)、お主を、お救(すく)い給うべき画に、ござる。ただ、ひと度が、いっそう、ござり給わねば、ござらず。」
「ひと度が、いっそう、と、お申し給うや。」
「この馬が、未(いま)だ、お主を、ひと度、いっそう、お救い給わねばならぬとの意味に、ござる。二度目(にどめ)に、お救い給いたる後にて、はじめて、この額の白き画が、その自(みづか)らの席を、お見つけ給う、ござる。」
単福のお声は、軽からざりき。劉備は、馬より、完全に、お降り給いて、単福の前に、ひと歩み、いっそう、お進み出(い)で給いたり。
「先生。今夕——新野まで、共に、お行き給うを、お得(う)給うや。」
単福は、永く、お言葉なく、ござりたり。その後、しずかに、杖を、お握り直(なお)し給いたり。
「将軍の拍子が、今日、この市場にて、お切れ給いたり。そのお切れ給いたる拍子を、お繋(つな)ぎ給う事が、この男のひと結の、お致し給うべき事に、ござり申さん。」
その夜、新野の客庁(きゃくてい)の内側にて、劉備・関羽(かんう)・張飛(ちょうひ)と単福が、向かい合いて、お座り給いたり。
関羽は、単福のお顔を、永く、お見つめ給いたり。張飛は、最初は、眼を、お剥(む)き給いて、お座り給いたれども、単福が、ひと言ずつ、お申し給う毎(ごと)に、ご自(みづか)らも、お知り給わざるまま、頭を、お首肯し給いたり。単福のお言葉は、短く、堅かりき。結論(けつろん)が、まづ、お出(い)で給い、理由(りゆう)が、その後(あと)に、ひと文章にて、お従い、お付(つ)き給いたり。
「将軍。北の曹操(そうそう)の南進(なんしん)は、今年に、あらず、来年(らいねん)の夏に、ござる。その間(あいだ)に、将軍は、二事(にじ)を、お準備(じゅんび)給わねばならぬ、ござる。」
「いかなる二事に、ござり給うや。」
「第一に、樊城(はんじょう)のほうの曹仁(そうじん)の南下の山場を、予(あらかじ)め、お抑(おさ)え置き給わねばならぬ、ござる。お抑え置き給わざらば、来年の春、曹仁が、新野の前庭(まえにわ)まで、お入り給う、ござる。第二に、荊州の内側にて、ひと人を、いま、必(かなら)ず、お会(あ)い給わねばならぬ、ござる。」
「そのひと人は、誰人(たれびと)に、ござり給うや。」
単福は、低く、お笑い給いたり。そのお笑いは、重かりき。
「水鏡先生におかせられては、既(すで)に、両別名を、将軍に、お渡し申し給いたると、お聞き申し上げ申せり。両人の中(うち)の、ひと人に、ござる。今日、そのお名を、それがし、まづ、将軍に、お渡し申し給わざる、ござる。ただ、将軍が、そのお名を、お聞き給う前に、まづ、来年の春の樊城を、お整え置き給う、ござる。」
劉備が、深く、頭を、お垂れ給いたり。
「単先生。今日より、わが軍師(ぐんし)を、お任(まか)り給うを、お得(う)給うや。」
単福は、永く、お言葉なく、ござりたり。その後、しずかに、お答え給いたり。
「将軍。ひとつ、予め、お申し置き給わん。この男のお名は、今日、将軍の、お聞き給いたる単福にあらず、ござる。いつの日か、それがしの本(もと)のお名を、お聞かせ申し上げ給うべき日が、お来(きた)り給う、ござる。そのお名が、お入り給う頃に、この男は、将軍の傍(かたわ)らを、お去(さ)り給わねばならぬ事もまた、ござり得(う)、ござる。」
「何故(なにゆえ)、然(さ)るや。」
単福は、暫(しば)し、お答え給わざりおりたのである。ただ、杖の端を、軽く、地に、お降ろし置き給いたり。
「この男には、母上(ははうえ)ひと方が、未(いま)だ、世に、ござる。その母上のお歩みが、いつの日か、わが歩みよりも、前に、お行き給う事も、ござり得(う)、ござる。それまで、将軍の呼吸を、少しずつ、お延(の)ばし給う事と、為(な)り申さん。」
関羽が頭を、お垂れ給いたり。張飛の眼が、紅(くれない)に、為り給いたり。劉備は、永く、お言葉なく、ござりたり。その後、単福の両手の上に、両手を、お重(かさ)ね給いたり。その夜、新野の客庁の真ん中にて、劉備は、はじめて、ご自(みづか)らの拍子に、耳を、お傾(かたむ)け給うべきひと人を、傍(かたわ)らに、お置き給う事と、為り給いたり。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
ご自(みづか)らの拍子を、お延(の)ばし給うべき人が、前に、お現(あらわ)れ給う時、その人は、概(おおむ)ね、華(はな)やかなる席に、お立ち給い給わずして、いずれかの市場の片隅(かたすみ)にて、低きお歌を、お唄(うた)い給いおる事、お易(やす)し。今日、貴方の傍(かたわ)らにも、奇(く)しくも、ご自らの拍子を、少しく、お延ばし給う短きひと言を、お渡し申し給いたる人が、もしや、ござらぬか。その人のお名を、今日は、いっそう、正確に、お問い置き給うとは、いかが(や)。お名の正確なる発音(はつおん)が、その人と、貴方とのひと年(ひととせ)の拍子を、共に、お変じ給わしむる席にも、ござる。
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