[Day 144] 葦の林の火
五月 · 三度目の戸 | 約三分の読み

ひと月(ひとつき)半(なか)ばの後(のち)、建安十三年(けんあんじゅうさんねん、西暦二〇八年)の晩夏(ばんか)のある午後にてあった。
博望坡(はくぼうは)の北の葦(あし)の林は、既(すで)に、黄(き)の気が、お廻(まわ)り始め給いおったのである。ひと月の前、関羽(かんう)の、お訪(おとな)い給いたるその林の厚さは、お思いよりも、厚かりき。関羽が、お戻り給いて、孔明(こうめい)の鋪紙(しょし)の最初の行の傍(かたわ)らに、お数(かず)を、お記(しる)し置き給いたり。三尺(さんじゃく)。 葦の林の厚さが、三尺にてあった。火が、お付(つ)き給わば、底(そこ)より、三尺の高さまで、ひと度(たび)にて、お上(のぼ)り給うを、お得(う)るべき厚さにてあった。
張飛(ちょうひ)の、お訪い給いたる樊城(はんじょう)のご偵察(ていさつ)部隊の昼間(ひるま)と夜間(やかん)の二行路(こうろ)は、孔明の鋪紙の二番目の行の傍らに、二つの小さき点として、お表(しる)し給われたり。昼間の点は、北、夜間の点は、東。曹仁(そうじん)の精鋭(せいえい)一万の部隊は、昼間に、北へと、ご進軍(しんぐん)給い、夜間に、東の博望坡へと、お入り給うご計画(けいかく)にてあった。
劉備(りゅうび)が、二時辰(じしん)の内にて、お測(はか)り給いたる風の方向は、孔明の鋪紙の三番目の行の傍らに、矢印(やじるし)にて、お表し給われたり。矢印は、北より、南へと、斜(なな)めに、お引き給われたり。今日の午後、日が、お傾(かたむ)き給う時刻(じこく)より、ひと時辰、後(のち)が、風が、完全に、南へと、お傾き給う時刻にてあった。
孔明は、今日の午後にもまた、新野(しんや)の空(から)の方席の上に、おわせ給わざりおりたのである。ただ、朝に、新(あら)たなる鋪紙が、空の方席の上に、お達(たっ)し給いおりたのである。鋪紙のお文は、ひと行にてあった。
今日の午後の風が、南へと、完全に、お傾き給う時、関羽の青龍刀(せいりゅうとう)が、まづ、お降(くだ)り給い、張飛の矛(ほこ)が、お従い給い、皇叔(こうしゅく)におかせられては、博望の東の入り口にて、馬を、大きく、お廻(まわ)し給え。
劉備が、その行を、朝に、お読み給いたり。今日の午後、博望の東の入り口にて、その行が、お実行(じっこう)給われ給うべし。
晩夏の日が、西へと、お傾き給う時刻が、お来(きた)り給いたり。博望坡の北の葦の林の内側にて、風が、大きく、方向を、お変じ給いたり。北より、南へと。南へと、斜(なな)めに、お横たわり給いたる風が、林の葦を、ひと度(たび)にて、お臥(ふ)し置き給いたり。
その、お臥(ふ)しの結に、関羽の松明(たいまつ)が、林の北の自(おの)ずからより、お降り給いたり。お降り給いたる火が、南へと、お流れ給いたり。三尺の厚さの葦の林が、ひと度にて、お付き給いたり。火は、お思いよりも、いっそう、速(すみや)かに、いっそう、大きく、お広(ひろ)がり給いたり。三尺の高さが、瞬時(しゅんじ)にて、二丈(にじょう)まで、お上り給いたり。
曹仁の精鋭一万の部隊が、その時刻、博望坡の東の谷へと、お入り給いおったのである。東の入り口にて、劉備が、馬を、大きく、お廻し給いたり。精鋭の前のほうが、劉備の馬の動きを、お見給いて、東のほうへと、お傾(かたむ)き始め給いたり。お傾き給いたるその拍子に、張飛の矛が、南の自ずからより、お降り給いたり。張飛の八蛇矛(はちだぼう)の、お降り給う結に、精鋭の前のほうが、大きく、お削(けづ)り、お成(な)り給いたり。

風と、火と、矛と、馬とが、ひと時辰の内にて、各々(おのおの)の席を、お見つけ給いたり。
曹仁の精鋭一万の部隊のご構成(こうせい)は、五割(ごわり)が、火に、三割が、矛に、一割が、馬に、最後の一割が、東への、お走り給うへと、お散らされ給いたり。お生(い)き給いて、樊城へと、お戻り給いたる方は、一千人に、お達し給わざりおりたのである。
博望坡の西の丘の上に、今日の午後には、劉備・関羽・張飛の三人が、お上(のぼ)り給いおったのである。四番目の影は、今日の午後には、ござらざりおりたのである。されど、三人の内側に、四番目の影の鋪紙ひと行が、明らかに、共に、お立ち給いおったのである。三人の影が、丘の上に、三筋(みすじ)に、お延(の)べ給われ、四番目の、お見え給わざる影が、その三筋の真ん中に、しずかに、お重(かさ)なり給いおったのである。
劉備が、西の空を、お見上(あ)げ給いたり。日が、既に、地平線(ちへいせん)の近くまで、お降り給いおったのである。その日の方向が、新野官衙の西の部屋の空の方席の上の鋪紙の方向と、同じきにてあった。今日の午後の火が、その空の方席の上のひと行を、南の博望まで、お実行給うを、お得(う)給いたり。空の方席のお主(あるじ)の、お降ろし給いたる最初の作戦の最初の結果(けっか)が、今日の午後、博望坡の紅(くれない)の空にて、お顕(あらわ)れおったのである。
張飛が、傍らにて、大きく、息を、お吐(は)き給いたり。
「兄上(あにうえ)。今日の午後の火は——過(さ)りたる春の博望の最初の火よりも、五倍(ごばい)、いっそう、大いなる火に、ござりたり。」
劉備が頭を、お首肯(しゅこう)し給いたり。
「翼徳(よくとく)。五倍は、火の大きさに、ござる。鋪紙ひと行が、三人を、ひと拍子(ひとびょうし)にて、お結(むす)び置き給いたる事が——五倍の五倍に、ござる。今日の午後の我らは、ひと人が、お足り給わずして、鋪紙が、いっそう、ござりたり。」
関羽が、傍らにて頭を、お垂れ給いたり。三人の後ろにて、博望の火の最後の自ずからが、葦の林の南の終りにて、しずかに、お消(き)え始め給いたり。お消え給いつつある火の内側にて、孔明の鋪紙ひと行が——今夕の最初の夕の星の最初の光と共に——空(そら)へと、しずかに、お上り給いたり。
その、お上り給うが、今日の午後の博望の火の真の意味(いみ)にてあった。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
ひと人が、現場に、お来(きた)り給わずして、その方の鋪紙ひと行が、今日の午後の火を、五倍に、お育(はぐく)み給う席が、ござる。その行の力は、現場のお声の力よりも——ある午後には、いっそう、堅きにも、ござる。今日、貴方の傍(かたわ)らのひと人が、現場に、おわせ給わざるとも、その方の、お遺(のこ)し給いたる行のお席が、もしや、ござり給うか。ござり給わば、その行を、今日の午後、貴方の火のお席と、お致し給うとは、いかが(や)。
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